2015年11月08日

〜鎌田副代表と笑顔輝く〈治ったさん〉たち〜 その6

座談会
ひたすら学んだ! 実践した! そして、つかんだ新しい人生!
〜鎌田進副代表と笑顔輝く〈治ったさん〉たち〜 その6



♪やるっきゃないの背水の陣!

鎌田 さて前回では、ガン患研に出会っていただいて、さっそく入会。そこからの歩みをお話いただきました。竹内さんと野中さんは、死にたくなかったから必死だったと強調されていましたね。
加藤 私は、タンカを切って病院と縁を切ったので、背水の陣でした。
鎌田 ほう、自信があったからですか。
加藤 というより、こんな医者どうしようもないって思ったんです。私の質問に全然答えられないんですから。
鎌田 自信以前の問題だったんですね。
加藤 医者には最初っから不信ばっかり。手術のあと、痛みがひどく、患部が肺でしたから、特に息を吸うのがたいへんで…。私、我慢強いというか、どの程度で「痛い」と言っていいか分からなくて、痛みどめももらわないで、手術後のいろんなリハビリを受けていました。退院する日、医者がそんなに痛いはずがないと言うんです。だけど、執刀医の話から骨にヒビが入っていることが分かったんですよ。
竹内 それはひどい。
加藤 57センチも切っているのでその傷口の痛みだとばかり思って、我慢してたのに…。ぶっつけ本番の手術だったんですが、左の中葉を全部とられたし、それから、腫瘍マーカーもどんどん上がっていったし…。それも、私が見つけたんです。
竹内 医者ではなくて?
加藤 コンピューター画面を見ていたら、赤い数値がどんどん上がっていくんです。これってなんですかって聞いたら、「腫瘍マーカーだよ」って。「私は手術前は正常値だったのに、手術して悪いところをとっちゃったのに、上がっていくものですか?」ってさらに聞いたら「あっ、たぶんこれは下がると思うけど、下がらなくても大丈夫だよ。飲む抗ガン剤があるからね」…。
 そんな問題じゃないわけです、私の質問は…。そこでやり合ったら、私のことだから、「バカヤロー」ってなっちゃうから、ぐっと我慢して二度と行くまいと思って帰ったんです。
 40年来親しく付き合っている近所の開業医に帰りに寄ったんですよ。そこは、総合病院を紹介してくれたところだったんですけど、5年間は病院に行ってほしいと言うの。それで仕方なく主治医を代えてもらって通院。ところが、1年ほどたってCTをとったときに、「左の肺のことを聞いていますか」って。最初っから、左に怪しい部分があったって言うんですよ。何も聞いてなかったからすっごく、びっくりしました。仲良しの開業医も何も聞いてないという。全く信じられなくって、次に病院に行ったとき、「検査もなにも、すべて拒否します」って宣言しました。
「30年医者やってるけど、始めて患者さんに投げかけられた言葉だ」って言うの。「私は普通の患者じゃない」って言って、あらいざらいぶっちゃけて話したんです。
「先生、自分か家族がガンになったら、抗ガン剤しますか?」って尋ねると「やりません」って、そんな答え。「検査も一切受けない」と言うと「じゃ、胸の音だけでも聞かせてください」と言うから、「それで先生分かるんですか」と聞いたら「分からない」って。
 もうあきれてしまって、『治るため』を先生にあげて、それから一切行かなくなった。たぶん、死んだと思ってるのじゃないかな(笑)。
鎌田 気持ちのいいタンカを切った訳ですね。
加藤 知り合いの医者に、私のようなのは一番イヤな患者だから、行かなくなったら万々歳してるよって言われました(笑)。
鎌田 どうやって医者といい関係を維持しようかと悩む人が多いんですよ。検査だけは受けたいからって…。
加藤 私、医者には死亡届だけ出してもらえたらいいんです(笑)。
鎌田 地道な治す行動の積み重ねが下支えになって、自信ができて、という方が多いけど、加藤さんの場合は、違ったわけですね。
加藤 そうなんです。だから、やるっきゃなかったんです。
小林 私もやるっきゃなかったですね。「心の免疫セミナー」を受講して、どういうふうに実践したらいいのかある程度道筋がつかめたんですが怖かったですよ。とにかく3、5センチの取り残しのガンがあるのでやるしかないと思って頑張りました。今から思うと崖っぷちに立たされたから、すごい力が出たんじゃないのかな。とにかくひたむきにコツコツとやるしかなかったです。
鎌田 お二人とも、まず決断ありきで、突き進んだのですね。

 (2015年6月、横浜市内にて収録)
『いのちの田圃(たんぼ)』175号、177号より


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2015年10月31日

〜鎌田副代表と笑顔輝く〈治ったさん〉たち〜 その5

座談会
ひたすら学んだ! 実践した! そして、つかんだ新しい人生!
〜鎌田進副代表と笑顔輝く〈治ったさん〉たち〜 その5


♪死にたくなかったから必死!

鎌田 みなさん、セミナーに出て治る道を一歩進めたわけですね。では、セミナーの気づきを、ご自身の実践にどうつないでいったのでしょう。
野中 今でも覚えています。セミナーに参加する前から玄米は食べていたんです、肉はやめて。けど、入門セミナーで、魚だめって言われてショック。砂糖だめで、息が止まりかかった(笑)。これから料理をどう作っていったらいいのかって思って、あとで、どうしてどうしてって、聞きましたしつこく(笑)。でも、今から考えると、どうしてどうしてって聞く裏は、やりたくないから。
鎌田 その通り(笑)。
野中 支部の例会にきている人でも、そういう人がいて、すぐ分かります。でも、あのときたとえば、メイプルシロップをOKにしていたら、未練が残って、僕は甘いものから手を引けなかったと思うんです。例外なしのノーだったからよかった。
鎌田 そうですよね。黒砂糖がだめなら蜂蜜は? 蜂蜜がだめなら、メイプルシロップは?っていうように、甘いものを求めてもきりがない。それは成分がどうのという問題じゃないんですね。甘いものをなんとか摂ろうとする態度が問題。野中さんはその点、徹底されたのですね。
野中 おそらくそれは、僕がこわがりで臆病だから…。以前は死にたいって言ったこともあるけど、急に生きたくなって(笑)。死ぬんじゃないかという恐怖で、命がかかっているから必死。
鎌田 私もそうでしたね、死にたくなかった…。でも、なんでそう思わないの、あんた、死ぬかもしれないのにって、思うときがありますね。余命宣告を受けて死ぬかもしれないからなんとかしたくて、セミナーに来てるんでしょ。なのに自分は当事者じゃないみたいでいる。玄米だってなんだって、まずいからなんてそんなこと言ってる場合じゃない。やっていたら、分かってきてそのうちおいしくなるんですから、とにかくやってみることなんですけどね。
 食事法のなかでも、厳しいのを選ぶ人の方が治ると言う人もいます。それは、やってみようという覚悟があるってこと。それがあれば、心の問題まで踏み込んで、自分で責任とってやっていけるんですね。
竹内 私の場合、反面教師といいますか、兄がやはり前立腺ガンで8年ほどの闘病の末、私のガンが分かる2カ月前に、残念ながら亡くなっています。三大療法をすべてやり、下りのエスカレーターに乗って、食べられなくなって…。近所だったので、そんな姿をつぶさに見てきていて、自分がガンになったとき、うすうす兄と真逆のことをしたらいけるんじゃないかなあって…。兄弟だから、考え方や食べ物も共通点があるわけ、まじめな顔して自分勝手だしね…(笑)。
鎌田 お兄さんの姿が焼き付いていたんですね。
竹内 でね、自分を変えなければだめだと、じゃ、魚大好き、酒大好きですから、まず、一番やりにくいことからやらなくちゃと考えて、次の日、家中の酒を全部捨てました。今は酒は飲みたいとも思わないし、魚も生臭くて一切食べません。
鎌田 一番固執しているものをやめるというのは、行動を変えるのに効果的だと思いますね。
竹内 怖くて、他に選択肢がなかった。それぐらいやらなくてはオレはだめだぞ、これで挫折したらどうしようもないと思ってやり通しましたね。
鎌田 徹底してやるってところから、心の問題につながっていくのだと思います。中途半端だと、甘えが出たり、依存が出たりしますから。
野中 川竹さんが振り子にたとえて「不安は動かないけど、行動が変える」とおっしゃっていますね。精神力で不安をなくすのではなく、一歩一歩行動することが、不安を消していく…。不安がなくなるなんて、4年前には考えられなかったけど、やってみてはじめて、分かりましたね。
鎌田 一つ一つの行動の積み重ねが下支えになり、ある日、ポンと大きな成果になる。それも徹底したからこそですね。
  (つづく)
 (2015年6月、横浜市内にて収録)
『いのちの田圃(たんぼ)』175号、177号より


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2015年10月10日

〜鎌田進副代表と笑顔輝く〈治ったさん〉たち〜 その4

座談会
ひたすら学んだ! 実践した! そして、つかんだ新しい人生!
〜鎌田進副代表と笑顔輝く〈治ったさん〉たち〜 その4


♪心が大事…でもその「心」って?

加藤 私は「心の免疫セミナー」は絶対必要と思います。自分自身のこともそうですが、みなさんへの代表のアドバイスが、自分に重なってくるんです。確かにすっぱだかにされるような感じ…(笑)。でもあれがないと〈治ったさん〉になれないと思います。当時は、なんでこんなことまでって思いましたけど、今はとてもよく分かります。
鎌田 一見、ガン治しとは関係のない話もいっぱいあります。ガンの原因は大きく言って三つあり、ライフスタイルの乱れ、食事の乱れ、心の持ち方の乱れです。その中でも心の問題が一番重要な位置を占めますからね。

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※『ガンの原因と結果』の図






加藤 心、心が大事ってみなさん言いますけど、受講しないとやはり理解できないんですよね。

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近藤 私は受講するまでは、自分の心の問題って、仕事が忙しくて、生活が乱れてってことかなって思ってました。ところが、実はそうじゃない。代表に「もっと自分を出さなきゃだめだよ」、「近藤さんの心の窓をもっと開きたいよ」と言われたとき、はっと思った。自分の考えていた心の問題と全然違う。自分で思い込んでいただけだったって気づかされましたね。

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竹内 私が心の免疫セミナーを受講したときは、もう、不安で不安で…。前立腺ガンの場合は骨に転移するし脳にも遠隔転移するって、医者はさらっというんで、怖くて怖くてしょうがないわけ。そんな重圧でムシャムシャするんですが、スケッチをやっていると、一瞬忘れるんですね。
 たいしたことないスケッチですけど、こんな趣味を持っているってことを川竹代表に印象づけようと、千百人集会のあとだかに、絵を添えてお礼を書いたんです。そしたら、それを覚えていらっしゃって、セミナーのカウンセリングで私の順番がきたとき、
「竹内さん、ガンから絵に逃げているね、まだまだこれからだね」って、それでおしまい(笑)。

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鎌田 ほおー、珍しいパターン(笑)。
竹内 すごい洞察力だと、畏敬の念をもちましたね。私の心の一番大事なところをギュッと握られたというか…。それから、私の本気度が変わりました。ただなんとなく斜に構えて、手当てして食事を改めればなんとかなるんじゃないかっていう考えを捨てました。とりあえずスケッチを封印しました。それからは合本の精読に励んだり、がむしゃらでしたね。ことあるたびに竹内はトンチンカンだと言われ、くそっと思ってむきになって(笑)。
鎌田 竹内さんは本当に一筋に、そして着実にやってこられて、治るべくして治ったといつも思いますね。
 代表は、ほんの糸一本ぐらいのほころびをスルスルとバラバラにほぐしていきますね。なにげない一言とか、ふとした言い回しから、その人の問題をあぶりだす。私も研究員時代にそんな光景を何度も目の当たりにしましたね。
近藤 セミナーって、まず熱気が違いますね。セミナーには全国から本当に治したい、という人が集まってくる。そういう人たちがどういうことを考えていて、何をしているかっていうのを改めて発見出来る場ですね。そして、代表、副代表にがっつん、がっつん言われて、身ぐるみはがされて(笑)。でもそれで、それまで思ってもいなかったことを気づかされる…。支部の例会なんかで分かったつもりで、「心よ、心が大事よ」っていう人がいますが、違う、そういう心じゃないんだって言いたくなります。
鎌田 それまでの自分の人生のレールに乗っかったままの景色でものを見ているから、気がつかないことがいっぱいあるんですね。そういうのって、セミナーに行って、別の人からベシッてされないと分からないのでしょうね。
近藤 そうですね、本を読んでいるだけでは、自分に思い込みがあるから変わらない。本当に行動を変えようとすると、セミナーに行って、代表に言われたり、副代表に言われたり、他の方の考え方を聞いたりして、ようやく自分の行動を変えるきっかけをつかむことが出来るのだと思いますね。
  (つづく)

 (2015年6月、横浜市内にて収録)
『いのちの田圃(たんぼ)』175号、177号より

posted by NPO法人 ガンの患者学研究所 ガン患研 at 05:41| 座談会シリーズ

2015年10月08日

〜鎌田進副代表と笑顔輝く〈治ったさん〉たち〜 その3

座談会
ひたすら学んだ! 実践した! そして、つかんだ新しい人生!
〜鎌田進副代表と笑顔輝く〈治ったさん〉たち〜 その3


♪治るためにスタートダッシュ

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鎌田 では、みなさんがどのようにして治る方向に向かうことができたか、具体的に話していただきましょう。
加藤 私が入会したのは第2回「千百人集会」の前の年。それに向けてのセミナー(『太陽燦々コース』)があるというのですぐ申し込み、ものすごく勉強になりました。生活習慣を変えるといってもどういうことなのか分からない。でも、ドリルをやっていくうちに、ああこういうことなのかって、納得できることばっかりでした。後から考えるとなんでこんな簡単なことが分からなかったのかなって(笑)。〈治ったさん〉になるためにものすごくよかったと思います。あのドリルは、副代表がお作りになったんでしょう?
鎌田 ええ、私が作ったんですが、実はあれをマイナーチェンジしたのが、今の徹底実践会員のドリルなんですよ。
加藤 そうなんですか。受け継がれていてよかった。

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野中 私は8月21日に手術して入門合宿セミナーに行ったのが10月13日。ちょうど、キャンセルがあって、最後に滑り込んだんです。これが僕の運命を変えたと思うんです。
鎌田 一番の気づきはなんでしたか。
野中 「責任をとる」、その一言です。お前が悪いんだってことを、叩き込まれました。当時は半分慰めてもらおうという気持ちもあったけど、「お前がやったんだ」「自分が作ったんだ」って、もう被告です(笑)。
鎌田 ガンは生活習慣病。何かの悪い偶然でできたものでなく、自分の間違った生活習慣がつくったもの。生活習慣を改め、自分で治す努力をする…それが「責任を取る」ということなのですが、なかなか責任をとれない人がいますからね。
    ※「責任を取る」→「責任をとれば、あなたは治る」参照
野中 入門セミナーは僕にとっては重要度が高い。入り口にどう入るかが一番大切だと思う。僕の人生、いろんなことに頼ってきたから、きちんと責任をとり、なんで自分がガンになったかを噛み締めなければならなかった。屈辱的ですけどもね…。
 もし責任をとるということを考えなかったら、食事やライフスタイルをどうしたらいいか、何をやったら治るか、何をやればいいかってことに目が向き好奇心はガンガン膨らみます。でもそれでは混乱します。
鎌田 たしかに、それは支部の例会に始めて参加した人などにありがちなことですね。
野中 セミナーでは、なんで、こんなことやらされるのかって思いました(笑)。なまじ、学校で働いていて同じようなこと…マインドマップもやってたから、すごい抵抗があったんです。でも、書いていくと、責任をとることが、あるわあるわ…。当時はほんとにひどかったから。
小林 そんなによく書けましたね。
野中 死にたくないから必死(笑)。でも、こうして書けるだけ書いていくと、心と食事、ライフスタイルが全部連動しているってことがよく分かりましたね。心が変われば全部変わってくる。この気づきは大きい。今、当時のマインドマップを見たら、感動的なんですよね、見事に全部変わっていますから。
鎌田 それはすごい。基本的な治す姿勢や態度、ガンの原因と結果の考え方をしっかり学んでもらうのが、入門セミナーですからね。
小林 私は入門合宿セミナーで、このままでは治らないんだって思い知らされました。当時、自己採点をする時間があって、私は70点ぐらいやってるんだーっていう思いがあったんです。でも、まぁ、ちょっと下げて68点ですって言って(笑)。ところが、受けているうちに、30点ぐらいしかやってないんだなって気がついた…。これじゃだめだっていうあせりや不安もあいまって、やるぞって気持ちに火がつき、バチっとスイッチが入りました!
鎌田 ひとりでやっていると、どうしても客観的に自分をみることができなくて、ひとりよがりになりがちですよね。
小林 ほんとに、自分のことはなかなか分からないですね。それと、治ることが幸せのゴールじゃないんだってことを学びました。治すこと、治すことという気持ちでセミナーに臨んでいたのですが、もっと先に目を向けることが大事なんだ、ウェラー・ザン・ウェルってのはこういうことなんだと噛み砕いて教えてくださったことで、早い段階で目標をもっと先に設定できたことがよかった。これは、受講しなければ気がつかなかったですね。   (つづく)

 (2015年6月、横浜市内にて収録)
『いのちの田圃(たんぼ)』175号、177号より




posted by NPO法人 ガンの患者学研究所 ガン患研 at 13:36| 座談会シリーズ

2015年10月04日

〜鎌田副代表と笑顔輝く〈〈治ったさん〉〉たち〜その2

座談会
ひたすら学んだ! 実践した! そして、つかんだ新しい人生!
〜鎌田進副代表と笑顔輝く〈治ったさん〉たち〜 その2


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♪ガン患者の会なのに、みなさんニコニコして…!?

鎌田 みなさん、今日はよろしくお願いします。ガン患研草創期のワンデイセミナーから始まって、長い時間をかけてセミナーが整備されてきたわけですが、みなさんは、いうなれば、ガン患研をとても上手に活用していただいて、〈治ったさん〉になられた方たち。みなさんの経験をわかちあっていただき、あとに続く〈これからさん〉へメッセージを届けられればと思っています。そして、治るスピードがさらに早くなれば、うれしいですね。
 さて、まずは、どんな状況のときにガン患研に出会ったのかをお話しください。
竹内 私は、ガンが分かって迷うことなく摘出手術。リンパ節と精のうまでとられて3カ月ほどベッドに寝たきり。そのとき50年来の友人が『治るため』を送ってくれました。起き上がれるようになって、近所の本屋に行ったら、偶然代表の書かれた『治る12カ条』を見つけたんです。
鎌田 なるほど、『12カ条』が後押ししてくれたんですね。
竹内 入会したのは秋。それからは、代替療法なんかを見向きもせず、ガン患研の教えるままに、セミナーと言われるものを全部受け、教材も全部そろえて、全部やりました。歩みは遅かったんですが、2014年には〈治ったさん〉認定をいただきました。
鎌田 遅いなんてとんでもない、竹内さんは本当にとても着実に歩んでこられましたね。
小林 私も、『治るため』がきっかけです抗ガン剤投与のための再入院を待っているときに、健康グッズを取り寄せました。その中に入ってきたんです。それから、一週間後に入会し、退院しました。
鎌田 それは、すごい。超速ですね(笑)。
加藤 私の兄妹はみんなガンでなくなっているんです。私は2007年4月に右の肺の中葉部にガンが見つかりましたが、その2カ月前に兄が余命10カ月のガンを宣告されています。兄と一緒に設計事務所を経営していたので私のガンどころじゃなく、出来るだけ早くって感じで手術。でもそのあと、後遺症の肋間神経痛がとてもひどくて苦しんでいました。そんなとき、どんな経緯で私のところにきたのか思い起こせないのですが、たまたま仙台の講演会のチラシを手にしました。たった一枚のチラシを片手に行ったこともない仙台へ、それも一週間前。2泊して飛んでいきました。
鎌田 すばらしい行動力ですね。
加藤 ガン患者の会ってじめじめ暗いイメージを想像していたんですけれども、会場に入ったとたん、ものすごく温かいものを感じました。みなさんニコニコしてらっしゃって、えっ、これが本当にガン患者の会なのかって(笑)。一番印象に残っているのは、代表が墨汁をドボドボってこぼすパフォーマンスをされて、本当にガンって真っ黒いものが淀んでいるんだと思ったこと。そして実際に治った方がずらっーと並ばれて、ガンって治るんだって鮮明に思いました。帰って、兄に報告し、入会しましたが、はじめは、私は患者の家族という立場だったんです。
鎌田 お兄さんのために勉強をはじめたんですね。
加藤 残念ながら、兄が間もなく亡くなり、2009年の11月に改めて入会しました。それからですね、自分のガンに向き合うようになったのは…。
野中 私は医者に、これでもかこれでもかって悲観的なことを言われ、手術後、再発しますかって尋ねたら、必ず再発しますと…。まさに地獄に突き落とされていました。後腹膜脂肪肉腫という、きわめて稀少なガンで、かかっていた病院では放射線も抗ガン剤もできない。他の病院でもだめだと言われて、放射線治療をしてくれる病院を探していたんです。そしたら、ネットでたまたま『ガン・治る法則12カ条』を見つけ、この本で治るシャワーをいっぱい浴びました。当時は本当に絶望していましたから、本を読んで精気がよみがえりましたね。それで、すぐに、ガン患研に飛び込んで、セミナーに行き、そこからは自分でもようやったねって思いますね(笑)
鎌田 ほう、すぐに西洋医学からの方向転換されたわけですね。
近藤 私は人間ドックで膀胱ガンが見つかり、V期と言われて、頭の中真っ白。何年生きられるだろう、どうしよう、どうしようって、パニック状態でした。インターネットでガン患研を知っていたけど、ちょっとうさんくさいかなって思ってた(笑)。そんなとき、夕刊にほんの数行ですが、仙台支部の案内がのっていて、他のガン患者の集まりと何か違うなと参加したら、佐々木会長を始め、そうそうたる〈治ったさん〉がいらっしゃった。同じ膀胱ガンの泉建治さんが駆け寄ってきて「大丈夫ですよ、治りますよ」と声をかけてくださって、ほんとにうれしくてガン患研で頑張ろうと決めました。
鎌田 たしか、近藤さんは、第4回学会シンポジウムで〈治ったさん〉でしたよね。加藤さんと一緒に。
小林 そうそう、すごい印象! 代表に抱きついていましたね。よく覚えています。
鎌田 実はご本人たちには誰も認定されることを言ってなかったんです。
小林 すごい、ほんとにサプライズですね。
近藤 いつ〈治ったさん〉になれるのかって思ってたので、本当にうれしかった。
鎌田 いやー、〈治ったさん〉認定式は、本当にヤバい(笑)。認定書を読み上げている代表が必ず声を詰まらせるし、側で聞いている私も、ついほろっとします。19年前の私も同じでしたが、みなさん、ガンが分かったときは、助からないんじゃないかという不安と恐怖でいっぱい。けれど、次第に自分に自信をもち、みちがえるように変わっていかれる。講師としておつきあいさせていただいているので、なおさら、ぐっとこみあげてくるものがありますね。            (つづく)

 (2015年6月、横浜市内にて収録)
『いのちの田圃(たんぼ)』175号、177号より

posted by NPO法人 ガンの患者学研究所 ガン患研 at 16:57| 座談会シリーズ