
『幸せはガンがくれた』を読んで
渡邉 雅則さん
小山さんの見事な回復ぶりに胸が高鳴った!
ガンの患者学研究所に入会して、すぐに様々な資料が送られてきました。その中で目を引いたのが、「幸せはガンがくれた」の言葉でした。当時の私には意味不明にしかとらえられませんでしたがとても気になったので取り寄せることにしました。
『幸せはガンがくれた』を読み始めてすぐに、小山王さんの見事な回復ぶりに胸が高鳴り、これでガンが治るぞとスイッチがポンと入ったのです。そして何とも言いようのない深い安心感に包まれた。理由なんかありません。そんなことを、他人に話したら笑われるだけだと思い、今まで胸の中にしまい込んでいましたが、ただただ私の心が勝手に小山さんのように治るのだと信じてしまったのです。
私の場合、手術のあと抗ガン剤治療が始まりました。医師の言葉や、世間の常識にとらわれ、「私の進行ガンは治らない」にもかかわらず、「ガンを根治できない抗ガン剤を体の中に入れてしまう」という、この矛盾だらけの罠にはまっていました。
強引に病院へ通わないということも考えたのですが、仮にそうしたところでその後、どう病気と向き合えばよいのかと悩みは深く、体と心はぼろぼろ。そんな時に届いたのがこの本でした。幸せという言葉にあこがれて他を差し置いて真っ先にこれを読み始めました。第一部第一章の小山さん、注目したのは医師があっさり治療をあきらめたことです。さらに息子さんの手当ての効果、手のひらから発する命のエネルギーを王さんが受け止めたこと、苦しい中でも歩くことをあきらめなかったこと、家族の様々な協力があったこと、農家なので仕事が運動であったこと、ご本人の強い精神力と生きることへの欲望。すべては小宇宙であるこのカラダがバランス(調和)を取り戻したのだと、私は受け取ったのです。
唯一無二の治療方法はないのだ
この本は、いわゆるハウツー本ではないから押しつけがましいところがなく、それぞれの人生、考え方、やり方を知っていくうちに、唯一無二の治療方法はありえないのではないかと気づきました。心の大切さも、ガンに強く対抗した人、穏やかに向かう人、イメージの力を借りた人、さまざまでした。ですから私は私の治し方を、自分の直感で体と相談しながらいこうと思ったのです。
全体として無駄な文言がなくとてもわかりやすく、私をストーリーの主人公に置き換えて読んでいきました。そして私の応援団としていつも手元に置いて繰り返し読ませてもらいました。
私が素直にこの本に書かれていることを信じられたのはなぜでしょうか。ガン患者である著者が、取材から得た実体験を何としてでもガン患者である私に伝えたいという気持ちが文章ににじみ出ていたこと。さらに私の方は、この病気になったとき完治する薬や治療法はないことを知っていたから、体に優しくガンを治せる方法があるものならそれに出会いたいと強く願っていたことでしょうか。
私は、この本のおかげで二度目のガン、S状結腸3期の術後の抗ガン剤はためらわずお断りできたのでした。医師は、「賢明な選択をされましたね」と言葉を返してくれました。
私たちは生まれてきた時から生きる元気を持っています。けれどもそれが発揮できない生活や食事、欲望、ストレスに囲まれていることに、私はこの本で気が付いたのです。ガン治しだけでなく、人生も治した今の私は、お腹の底からフワーとわいてくる温かな幸せ感でいっぱいです。