【助けてくれた4人の友】


林 裕子さん
2013年右腎ガン、肺の小細胞ガン転移、
肝臓にも浸潤と診断され、右腎摘出手術。
同年8月ガン患研に入会。
入門合宿、心の免疫セミナー、
手当実習会と続けて受講、しっかり学び
と実践を積み重ねる。
柳澤 林さんは順調に学びを続けていらっしゃいますけれども、どなたかにサポートを受けてらっしゃいますか。
林 はい、強力な4人の助っ人がいます。
柳澤 4人もいらっしゃるのですね。どんな方ですか。
林 3人は私の友人です。お一人は、最初に私がガンになったことを告白した人です。玄米菜食の教室を開いている人で、すぐ10冊ほどの資料を送ってくれたんですが、その中にガン患研の本がありました。
柳澤 それが入会のきっかけだったんですね。
林 二人目の方は、ガンだってことを告げたとき、私が素足だったのを見て次の日に、ご自身の洗いざらしの5本指靴下を持ってきたくださった。退院したときは、シーツ、上掛け、肌着、パジャマ、5本指靴下をごっそりとそれに冷え取り健康法の本も持ってきてくださり、その後も三日を開けずに見舞いにきてくださいました。
柳澤 すごくありがたいですね。
林 3人目の方は、私が一番の親友と思っていた方で、なぜか不思議にガンになったことを言えなくて、一カ月半ぐらいして連絡したら、電話口で泣いてくれました。その方も10年前に乳ガンの廓清手術を受けていて、「私の知らない間に苦しい思いをしていたのね」って。そして一カ月に一回行きからってすぐに会いに来てくれました。私は自分が食べている食事を心を込めて用意して一緒に食べ、今どういうことをしているかなどを話したんです。今も来てくれています。
柳澤 素晴らしいお友達ですね。そして4人目は、ご主人だそうですね。
林 そうなんですよ。私、田舎暮らしにあこがれて横浜から道志という山の中の村に移り住み、そこで主人と出会ったんです。だけどずっと田舎で腰が曲がるまで働きずめの姑にしたら、都会から来た私はほんとに悪魔に見えたかもしれません。姑からDVを受けるようになって、何かあるとはだしで裏口から逃げ出すのが日常茶飯。ボロボロに傷ついていたけど、主人が「あとのことはいいから」と言ってくれ、私は近くにあったもう一つの家に行って療養に専念しました。当時、食事療法で、大根、人参、山芋、納豆をたくさん食べていたんですが、主人が朝晩届けてくれたんです。
柳澤 そうでしたか…。
林 実は私、今日(学会シンポジウム当日)みなさんの発表をお聞きして、すっごく大きな気づきをもらって、自分の気持ちが変わってきて…。
柳澤 えっ、なんでしょう。
林 今まで姑の気持ちになって考えたことがなかってってことにたった今気づいたんです。自分がガンになったのは田舎ぐらしに慣れないせいだと思っていました。姑だけでなく周囲の人ともなかなかうまくいかなくて…。
柳澤 たいへんだったんですよね。
林 でもよく考えると、うまくいかないのはずーっと小さい頃から。自分は変わっている人間で人に受け入れられない、親から否定されてばっかりで、いじけてました。で、余命6カ月と言われて、「いいや、もうこれで終わりだ」っていう気持もあったんです。けれど、夫が姑から逃がしてくれ、3人の友だちが次から次へきてくれて。
柳澤 そうですよね。
林 それで、あっ、これは違うんだ。自分で勝手にひがんでいたけど、生きてていいんだと認めてもらえたんだって。私はほんとは自己主張がある人間なのに、嫌われないように隠そうとして、ずーっとおさえてたんです。姑はそれを気づかせてくれたんだって、初めて分かりました。
柳澤 すごいです。
林 なので、4人の友じゃなくて、5人です(笑)。
(会場大きな拍手)
林 今もこれ以上ないってぐらい幸せだけど、今日からいこじだった自分をもっと開放し、もっともっと幸せになります。
柳澤 ほんとに素晴らしいです。ところで、林さんは、昨年(2014年)ある検査を受けたそうですね。
林 行政の無料の検診を受けました。肺にガンが残っていたんですけど、なにか異状があれば、一カ月以内にお知らせがあるはず。でもいまだに何の連絡もありません。
柳澤 ということは、自助退縮!
林 その可能性があります。
柳澤・小林 おめでとうございます!
(拍手)
『いのちの田圃(たんぼ)』176号より